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小説『埒外のおふびいと』

投稿日:2017年5月26日 更新日:




埒外のおふびいと

うちの洗面台にはね、電球が二つ、人間の目玉のような位置にね、付いているんです。それが昨日まではね、両目開いて―というのは顔みたいだからいうのだけれど―光って、私の小汚い顔を照らして、報酬でも欲しいのでしょうか、欲しくないのでしょうか、ただ照らすことがわたくしの仕事ですので照らしていますけどなにか、といった態でいたんです。私はできるだけ早く顔を洗って、歯を磨いては、スイッチをぱちと切る、のは、これ、電球に対するお疲れ様の心地、ご挨拶、の、ご提供、「おい、残業しないで帰りな」と優しさを気取る先輩面、は、ぱちとともに闇に失せ、手探りでベッドまで辿りつき、目を閉じても開いても何も見えないのは同じですね、平等ですね、なんて楽しみながら、眠りに入る、のは、大概、夜中三時ぐらい。

とまあ、そんな一日の終わりを何年も送ってきまして、今日もさて、とスイッチを入れたら、片方の電球が切れていたのです。

顔面の左半分のみが照らされて、高校時代に半ば苦悩、半ば快楽として潰しまくったニキビ痕がクレーターのように浮かび上がる。それ即ち、影をつくる。

そういやね、今夜の月は綺麗だったんです。

綺麗だった、ははっ、なんて陳腐な表現だろう。表現者に憧れる人間がこんなんでいいのであろうか。無論あかんよ。




それが今から何年前のことだったか、指折しているうちに、思い出が早送りで、あたまのなかに映し出される。

そう、大学に行けば、華奢で嫌味に長身の身体に、どこの誰とも知らない、鼈甲の丸眼鏡かなんかを掛けた人間がデザインした服を着た自慢顔が溢れている。そうして満足している。信じられない。僕はそんなことじゃ満足できない。あんたらのように伊達メガネを掛ける勇気すらない。僕のメガネには、ちゃんと度が入っている。

人の力を借りて、受け売りで、自己表現なんて、ごめんだ。

自己表現。わらけてくるね。あんたらはいいね、満足できて。なんたって僕には表現すること、それ自体が分からないのである。見つからないのである。

何故だか不安になってくる。その恐れから逃れるように、僕はいつも眠りに入る。

でも、あれ、この日は違った。片方が光り、もう片方が切れた電球を漠と眺めていたら、不思議と安心してきたのである。

いや正直に言えば、申し上げれば、このときはまだ、それが何を意味するのか判然としていなかった。と、今になっては思うよ僕は。というか解明しようとも思わなかったんだろうね。だって安心のなかでの探偵ごっこなんて退屈でしかないでしょう? おやすみ、の一声の後にライトのスイッチをぱちと消して、ベッドの上に寝ころんで、急須に入れた日本酒を口に注いでは、襟を濡らしながら、何ら趣向のない夢を見ていましたとさ。

朝、目覚めはいつでも憂鬱で、もう半年以上も前に別れた彼女のことを思い出したりするね。厭だね。厭だよ。そんな思いとは裏腹に、半醒半睡のあたまには、あいつは今頃なにをしているだろうか、なんて答えの知りようのない疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消え、浮かん……え……そんな円環的な思考のなかで、夢よりもうつつの占拠率が高くなってくると、虚しさはそのぶん、律儀に高まってくる。こんな時僕はいつでも、脳みそを取り出して、窓から、砲丸投げの要領で投げ飛ばしたくなるよ。でもね、想像すら思い通りにいかないんだ。いつも、脳みそだけでなく血管で強固に繋がった身体までが投げ飛ばされて、地面にぐちゃりと墜落して終わる。

Fin

ってな感じで。

これはね、皮肉だよ。そうやって幕を下ろせば、お洒落ですか?

とまあ、一日の始まりなんてこんなもんです。

「ですよねえ」

朝陽に話しかけてみる。太陽は、いつでも無表情である。僕の言葉に応えやしない。

LPレコードをリサイクル、といった具合で作られた掛け時計は十三時を示し、いつもより大雑把に振る舞う秒針が、一定のテンポで、あ・さ・ひ・じゃ・な・い・ぜ……と僕を嘲弄する。実にダサいけど、本当なんだから仕方ない。みんなダサいね、真実は。

目ヤニをぶらさげた知らん顔で、僕は、応。冷笑を時計にあげた。

準備に十五分、駅まで七分。頑張れば電車に間に合うが、僕はなんたって頑張らない。行く気が起きない。講義が嫌なのではなく、気取った学生に会うのが億劫なのだ。銀杏は全く臭いしね。

植えた人は知らなかったのかな? それともそうゆう性癖?

で、一日の楽しみは何だい、ないのかい、おい答えろよ。なんて問いには、答えられるさ、あるさ。と答えられる。ほんとは、ら抜き言葉で「答えれるわ」なんてカジュアルに言ってやりたいけど、どうもそうゆう問答を好む奴っていうのは、細部に拘る習性がある(と僕は思っている)から、がまん、好かん。

それでも卒業できたのは、大学が所詮ビジネスでしかないからで、金さえ払えばそれなりの怠慢も許容されるからじゃないかな?

「ああ、なるほどね」

もう気づいているでしょう。僕はなにかと声に出すのさ。

 

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