作家に猫好きが多い理由
猫と文学の関係は、古くから濃厚だ。
心理学に「類似性の法則」というものがある。
自分と似たものを好きになるという法則だ。
作家は、ひきこもり他者を必要としない。
或いは、それを苦手とする方が多い。
自分の生き方が猫に似ているからこそ、
作家に猫好きが多いのではないか、
ということは、よく言われていることだ。
猫と文学
作家で猫好きといえば、誰だろうか?
夏目漱石、谷崎潤一郎、室生犀星、萩原朔太郎、内田百閒、中島らも、保坂和志、町田康、、、。
たくさんいすぎて、挙げたらキリがないので、自分の好きな作家ばかりになってしまいました。
今回はそんな「猫」が出てくる文学作品を紹介します。
夏目漱石 『吾輩は猫である』
谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』
内容(「BOOK」データベースより)
猫に嫉妬する妻と元妻、そして女より猫がかわいくてたまらない男がくりひろげる軽妙な心理コメディの傑作。安井曾太郎の挿画収載。併録は美女とペルシャ猫への愛を高らかにうたう未完の小品「ドリス」。
室生犀星『室生犀星詩集』
内容(「BOOK」データベースより)
本書では、“ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの”のフレーズで知られる「小景異情」に代表される初期抒情詩を集めた『抒情小曲集』をはじめ、『愛の詩集』『女ごのための最後の詩集』など十四の詩集から百五十二篇を収録。七十二年に及ぶ詩人の生涯とその魅力を伝えるオリジナル版。
萩原朔太郎『猫町』
内容(「BOOK」データベースより)
猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかり。いつもの角を曲がったら、そこは夢現・無限のめまい町。ノスタルジックでモダーンな紀行。
内田百閒『ノラや』
内容(「BOOK」データベースより)
ふとした縁で家で育てながら、ある日庭の繁みから消えてしまった野良猫のノラ。ついで居つきながらも病死した迷い猫のクルツ―愛猫さがしに英文広告まで作り、「ノラやお前はどこへ行ってしまったのか」と涙堰きあえず、垂死の猫に毎日来診を乞い、一喜一憂する老内田百閒先生の、あわれにもおかしく、情愛と機知とに満たち愉快な連作14篇。
中島らも『とらちゃん的日常』
内容(「BOOK」データベースより)
来世はネコに生まれたい!天に星。地上にネコ。神さまは粋なものを創られた。中島らもにとって、とらちゃんは救世主…のはずが。
保坂和志『チャーちゃん』
内容(「BOOK」データベースより)
「ぼく、チャーちゃん。はっきり言って、いま死んでます」現代文学の旗手、保坂和志が猫を語り手に紡ぐ言葉は、稲妻のような鮮烈さで、思いもかけない死の姿を照らし出します。
町田康『猫にかまけて』
内容(「BOOK」データベースより)
気位が高く威厳に満ちたココア、犬の血が混じっているのではないかと思うほど人懐っこいゲンゾー、遊び好きで無邪気なヘッケ、並外れて気の強い奈奈―縁あって共に暮らした、ちょっと面白い奴ら。手を焼かされ、言い負かされ、それでもいつも一緒にいた。写真と文章で綴った、猫たちとのいとおしい日々。
まとめ
作家が猫を語る時、
彼らの魅力も伝わってきます。
数ある猫の文学作品のなかでも、
特におすすめのものを紹介しました。