文学

「うつ」と「文学」夏目漱石は、うつ病だった? 鬱がもたらした文学上の功績

投稿日:2017年3月20日 更新日:

文学の歴史を見ていると、

うつ病やノイローゼであった作家の多さに驚かされる。

そもそも、うつ病、ノイローゼとはなんなのか。

どうして作家にそれらが多いのか。

例えば、文豪・夏目漱石

彼は、33歳からのイギリス留学時代にうつ病になっています。

何の前触れもなく、何となく教師をしていた彼に、

「英語研究をしてこい」とイギリス留学が命じられました。

鬱病になった大きな原因の一つが、

イギリス人との体格の違い。外見の違い。

夏目漱石はコンプレックスを抱きます。

それとともに、彼は常に「空虚」を感じていました。

例えば、この文章。

私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。
私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。
(『私の個人主義』中公クラシックス)

自分は何なのか。生き甲斐は何なのか。

こうした悩みは、現代人が、うつ病になる典型的な原因です。

漱石の内面の悩みとの戦いに、イギリス留学は追い打ちをかけます。

イギリス人を前にして感じる自分の、貧弱この上ない身体。

外面の悩みも抱くようになったのです。

さらに、イギリスで自分の英語力が通用しないことに気付きます。




そこから彼は、猛勉強。英文学の研究を続けました。

英語教師の彼が、です。自信は失われていくばかり。

そうして見知らぬ土地で、現代で言う「ひきこもり」状態になった彼。

鬱になるのも無理はないでしょう。

しかしこの英語の猛勉強がなければ、

夏目漱石の文学は生まれなかったでしょう。

何故なら明治時代には、まだ、

「近代的な自我とか近代人の内面を描くのに日本語がまだなじんでなかった」からだ。

(『話し言葉の日本語』著:平田オリザ、井上ひさし)

そのため、当時の作家には、

例えば国木田独歩のように、

英語で書いてから日本語に直すという作業を行っていた人が多い。

つまりあの時代には、

他言語から、日本語を見直す必要があったのです。

漱石の突然の指令での渡英は、間接的に、

彼に、「日本語改革」を託したのかもしれません。

こうした文学者の努力があってこそ、

口語日本語が完成したのです。

 


もう少し後の時代には、中島らもが躁鬱病として知られています。

彼は、躁鬱との暮らしを本にしています。

『心が雨漏りする日には』(青春文庫)

30歳でうつに襲われ、

40歳であわや自殺未遂、

42歳で躁に転じた。

奇才・中島らもが自らの躁うつ体験を綴っています。

こうした誰もが心に不安を抱える現代に、

本は心の処方箋となります。






-文学

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。

関連記事

Amazonプライムビデオ人気ランキング。まずは無料体験からスタートしよう。

プライムビデオの強み Amazonプライム会員限定の動画コンテンツが見放題のサービス。 プライム会員の会費は、 年額3900円もしくは月額400円! 月額400円は、TSUTAYAでDVD一つ借りるの …

芥川賞・又吉に次ぐ文豪芸人は、オードリー若林? 彼の文章の魅力に迫りながらオススメ本を紹介。

芸人と文章 芸人で文章を書いている人。 そういわれてまず思いつくのが、 『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹さんであろう。 内容(「BOOK」データベースより) 売れない芸人の徳永は、天才肌の先輩芸人・ …

蓮實重彦『伯爵夫人』で三島由紀夫賞を受賞。蓮實重彦の必読本『小説から遠く離れて』。

蓮實重彦 蓮實 重彥(はすみ しげひこ、1936年(昭和11年)4月29日 – )は、 東京府生まれのフランス文学者(パリ大学博士)、映画評論家、文芸評論家、編集者、小説家。 第26代東京 …

内田樹『修業論』から無敵とは何か、無我の境地とは何かを学ぶ。合気道と哲学の関係性がスッキリ分かるベストセラー光文社新書。

内田樹 1950年東京都生まれ。 東京大学文学部仏文科卒業。 神戸女学院大学文学部総合文化学科教授を2011年に退職。 同年、神戸市に武道と哲学のための学塾「凱風館」を開設。 『私家版・ユダヤ文化論』 …

物書きにも役に立つ、ランチェスター戦略とは?『小さな会社の稼ぐ技術』栢野 克己  (著)を読めば、小説・ブログなど、自分だけのものが書ける!

ランチェスター戦略とは? もともとは、軍事戦略における損害量計算から導き出されたもの。 この法則は、第二次世界田大戦中に、主にアメリカ軍が用いて効果を発揮した。 この軍事戦略であったはず「ランチェスタ …