どうしても捨てられなかった本
以前このブログで紹介した通り、
Kindleを手に入れたことや引っ越しによって、
紙の本を手放すことにした。
本好きの私にとっては、かなり苦しく、寂しい思いのする断捨離であったが、
やはり、どうしても捨てられない本があった。
今回はそのなかの一冊を紹介する。
多和田葉子『犬婿入り』
内容紹介
多摩川べりのありふれた町の学習塾は“キタナラ塾”の愛称で子供たちに人気だ。北村みつこ先生が「犬婿入り」の話をしていたら本当に〈犬男〉の太郎さんが押しかけてきて奇妙な2人の生活が始まった。都市の中に隠された民話的世界を新しい視点でとらえた芥川賞受賞の表題作と「ペルソナ」の2編を収録。(講談社文庫)
第108回(平成4年度下半期) 芥川賞受賞作
としても知られるこの小説は、多和田葉子の魅力がつまった一冊である。
多和田葉子の魅力
多和田葉子の小説を他に見てみるとわかりやすいが、
彼女の描く世界は、現実とはかけ離れているように思える。
例えばこんな作品。
しかし読み進めるにつれてその世界こそが現実であり、
小説世界と現実世界の境界線は薄まっていく。
人間の世界に、人間でない何かを混ぜ合わせ、
その何かを擬人化することで、
逆に人間がその何かに近づいていく。
境界を薄めていくという表現をしたが、
彼女の作品はよくこう評される。
言葉が実体化する
そう、小説であり、言葉の連なりであるはずの世界が、
実体を持ち、現実として動き出すのだ。
多和田葉子の言葉
彼女の作品では、すでにある言葉が別の言葉で置き換えられることも多い。
そして読んでいくうちに、彼女の言葉のほうが、意味に適しているようにすら思えてくる。
言葉のマジックともいうべき技量は、他の作家からは感じられない魅力の一つだ。
その魅力は、日本語とドイツ語、その両方の作品を手掛けているからこそ生まれた特色なのかもしれない。
言葉の変換が面白いのは特にこの作品。
『献灯使』
内容(「BOOK」データベースより)
大災厄に見舞われ、外来語も自動車もインターネットもなくなり鎖国状態の日本。老人は百歳を過ぎても健康だが子どもは学校に通う体力もない。義郎は身体が弱い曾孫の無名が心配でならない。無名は「献灯使」として日本から旅立つ運命に。大きな反響を呼んだ表題作など、震災後文学の頂点とも言える全5編を収録。
言葉を変えることで世界を変える。
こんな作家は他にいない。