小説

小説『埒外のおふびいと』

投稿日:2017年5月26日 更新日:




「僕」が亡くなったという知らせを聞いたのは、警察から、私に電話がきたことからでした。彼の携帯に三日前の夜、発信履歴がありましたので、と警察は言いました。後から知ったことによると、彼には既に身寄りらしき身寄りがなかったようです。私は彼の名前すら知りませんでした。

私は病院で、医師から、問い詰めるかのような敵意丸出しの批判的な目つきで、彼の遺体から薬物反応が出たことを知らされました。その後医師は私に、車に撥ねられた彼の傍にあったという紺色のノートを、なにやら乱暴に手渡しました。ノートには、前半に日記らしき取り留めのない乱雑な言葉が、後半にはそれらをまとめたと思しき、この本の元となった文章が書かれていました。そうして私は、その文章を参考にして、この本を書きあげたのです。ええ、ただの迷惑だったかも知れませんが。彼は、ノートの中で自分のことを「表現者に憧れる人間」と書いていました。彼の希望通りの形ではなかったかもしれませんが、私は彼の未完の表現を完成させなくてはならないと思ったのです。とはいえ私はただノートにあった記録をまとめただけで、決してこれは私が書いた本ではないということは断っておきます。彼と共に道路に投げ出されたノートの中で、本は既にもう殆ど既に完成していたのですから。

それともう一つ、断っておかなければならないことがあります。彼は死にたくて死んだのではありません。ええ、違いありません。その証拠がこの本が未完のままであったという事実です。斯様にも彼は、必死に暇になることから逃れようと尽力していたではありませんか。恐れる暇を潰しながら、同時に、彼は夢を見ていたのでしょう。

私は、娘の夢を叶えてくれた青年の夢を見捨てることができなかったのです。

この店で一番高い値段を付けて、私は、この本を棚に置きます。『あなたも心理学』の隣に。私は手離したくないけれど、彼らは、人に読まれることを、望んでいるでしょうから。

店主・有也

〈了〉



> 前のページへ 

-小説
-

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。

関連記事

【必読】小説執筆の上で役に立つ本ベスト3 これを読めば誰でも小説を書ける!

小説を書きたい。 そう思っても、書き始めてみるとなかなか書き方が分からない。 と言う方、多いのではないでしょうか。 そんな方のために、今回は、別名で小説を書いている私が、小説執筆にあたり役に立つ本BE …

新宿サブナードで古本浪漫州開催!

新宿サブナードとは? 新宿駅東口の靖国通りとモア四番街の地下にある地下ショッピングモール。 通称はサブナード。 「古本浪漫州」とは? サブナードで定期的に行われている古本市。 開催期間 : 4月10日 …

2017年ベスト本、一挙紹介

2017年と本 今回は2017年に読んだ本で、 特におすすめしたいものを一挙に紹介する。 できる限り2017年に出版されたものを。 人気ブログランキングへ   『けものになること』坂口恭平 …

孤高の小説家・エッセイイスト中島らものオススメ本5選。

中島らものオススメ本5選 自らに無理難題を課す。 作家・中島らものオススメ本を5つに絞るのは、ほとんど不可能だ。 純文学からエンターテイメント、珠玉のエッセイ。 なににおいても一流。わざと二流になるこ …

小説執筆を始めるための準備(オススメなパソコン、ソフト、スマホ、アプリ、辞典・・・) これさえ揃えばすぐに書き始められる!

小説を書く準備 小説を書こうと思う人、書いている人が、たくさんいる。 それは、「カクヨム」や「小説家になろう」などの 小説投稿サイトの人気っぷりを見ていても明らかだ。 しかし、いざ、小説を書こうとする …